受け継がれるラベンダーの物語|ゲリー・ヤングとプロヴァンス

YOUNG LIVING · SPECIAL COLUMN

A Lavender
Legacy

すべては、
フランスのラベンダーから
始まった

ゲリー・ヤングとプロヴァンス、
受け継がれるラベンダーの物語

物語を読む
研究を重ねるゲリー・ヤング
展示会でのゲリー・ヤング
1991年、プロヴァンスでのゲリーとランデル家
オイルを確かめるゲリー、アンリ・ヴィオー、ジャン=ノエル
蒸留所を訪れたゲリー、アンリ・ヴィオー、ジャン=ノエル一家
マルセル・エスピューとゲリーたち
山あいに建つアンリ・ヴィオーの石造りの家
1992年、フランスのファームツアー参加者とゲリー
2014年、蒸留を説明するニコラス・ランデル
現在へとつながる、シミアン ラ ロトンドの蒸留所
シミアン ラ ロトンド農場のラベンダー畑
プロヴァンスのラベンダー畑
PROVENCE, FRANCE

PROVENCE · PEOPLE · LAVENDER

南フランス・プロヴァンス。

陽光が降り注ぐ山々にラベンダーが咲き、美しい風景が広がる南フランス・プロヴァンス。

この地では、長い年月をかけてラベンダーの栽培と蒸留の技術が受け継がれてきました。

ヤング・リビングの創設者ゲリー・ヤングにとっても、フランスは特別な場所でした。

エッセンシャルオイルへの探究を続けていたゲリーが、この地で出会った人々。そして、そこで学んだ植物の育て方や蒸留の技術。

その経験は、やがてヤング・リビングのものづくりへとつながっていきます。

そして、この物語には、2026年11月に来日するニコラス・ランデルへとつながる、ひとつの出会いがありました。

今回は、約40年前のフランスへ少し時間をさかのぼってみましょう。

CHAPTER 01BEFORE 1990

The First Drop

一滴のオイルから、その先へ

研究を重ねるゲリー・ヤング
エッセンシャルオイルへの探究を続けるゲリー。

エッセンシャルオイルについて学べる機会が、今ほど多くなかった時代。

ゲリーはフランスから持ち帰ったオイルを手に、さまざまな実験を重ねていました。

そんな中、ゲリーは次第に、オイルがどのように生まれるのかにも目を向けるようになります。

この一滴は、
いったいどのように生まれるのだろう。

どんな土地で植物が育ち、いつ収穫され、どのように蒸留されて、一滴のエッセンシャルオイルになるのか。

農家で育ち、幼い頃から植物を育てることを身近に感じていたゲリー。だからこそ、完成したオイルだけではなく、その原料となる植物がどのように育ち、収穫され、蒸留されて一滴のオイルになるのか、そのすべてを自分の目で確かめたいと考えるようになります。

もっと深く知りたい。

その思いからゲリーが向かったのが、ラベンダーの本場、フランスでした。

シミアン ラ ロトンド農場のラベンダー畑
フランスのシミアン ラ ロトンドにあるヤング・リビングの自社農場。
白線で囲まれたシミアン ラ ロトンド農場
白線で囲まれた部分がシミアン ラ ロトンド農場。
CHAPTER 021990

A Journey to France

知りたい。
その一心でフランスへ

展示会でのゲリー・ヤング
展示会でのゲリー(資料写真)。

ところが、現地に知り合いがいるわけでもありません。

当時のラベンダー農家や蒸留家たちにとって、何世代にもわたって受け継いできた技術は大切な財産。突然やってきた外国人に、簡単に教えてもらえるものではありませんでした。

それでもゲリーは、バックパックと寝袋を携え、何度もフランスを訪れます。

小さなレンタカーで農村を巡り、道端からラベンダー畑や蒸留所を眺めながら、学ぶ機会を探し続けました。

そんなゲリーに転機が訪れたのは、1990年のことでした。

CHAPTER 031990 – 1991

An Encounter

物語を動かした、
ランデル家との出会い

カリフォルニアの展示会でゲリーが出会ったのが、フランスでラベンダーオイルを生産していたジャン=ノエル・ランデルでした。

「ぜひフランスへ遊びにおいで」

その言葉を聞いたゲリーは、わずか1か月後、本当にフランスへ向かいます。

そして、この出会いをきっかけに、それまでなかなか入ることのできなかったフランスのラベンダー生産者たちの世界への扉が、少しずつ開いていきました。

実は、このジャン=ノエルこそ、今回来日するニコラス・ランデルのお父様です。

現在ニコラスは、EMEAファーム シニアディレクターとしてフランス・プロヴァンスを拠点に、植物の栽培から蒸留まで、ヤング・リビングのエッセンシャルオイルづくりの現場を支えています。

ゲリーとランデル家。

今につながる関係は、ここから始まりました。

1991年、プロヴァンスでのゲリーとランデル家
1991年、フランス・プロヴァンスにて、ゲリーとランデル家。左からゲリー、ジェーン、ジャン=ノエル、ヴェレナ。そしておんぶされているのがニコラスです。
2014年、蒸留を説明するニコラス・ランデル
2014年、農場を訪れた人々に蒸留について熱心にレクチャーをするニコラス。彼は父ジャン=ノエルとゲリーの二人から直接、指導を受けました。
CHAPTER 04EARLY 1990s

Trust in the Fields

ラベンダー畑で育まれた信頼

マルセル・エスピューとゲリーたち
ゲリーの生涯の師であり親友だったマルセル・エスピュー(後列中央)

ジャン=ノエルとの出会いをきっかけに、ゲリーは二人の大切な師と出会います。

その一人が、当時ラベンダー栽培者協会の会長を務めていたマルセル・エスピューです。

最初から歓迎されたわけではありませんでした。

質問ばかりするゲリーに、マルセルはなかなか心を開いてくれなかったといいます。

それでも何度も足を運び、学ぼうとするゲリー。

やがて蒸留所へ招かれるようになると、蒸留器の火を絶やさないよう薪をくべ、夜通し働き、収穫から蒸留まで、頼まれた仕事は何でも手伝いました。

出来上がったラベンダーオイルを、一緒にグラース※の香水工場まで運ぶこともありました。

言葉が十分に通じなくても、同じ場所で働くことで生まれた信頼。

マルセルはやがて、自らが培ってきた知識をゲリーへ伝える、生涯の師となりました。

※グラース(Grasse):南フランス・プロヴァンス地方に位置し、香水産業の長い歴史を持つことから「香水の都」として知られる町。

CHAPTER 051991

The Art of Distillation

「蒸留の父」
アンリ・ヴィオー

そしてもう一人。

ゲリーがどうしても教えを受けたいと願っていた人物が、フランスで「蒸留の父」と仰がれていたアンリ・ヴィオーでした。

プロヴァンスの山中で暮らすアンリは、訪問者、とりわけ外国人を簡単には受け入れなかったそうです。

二人をつないだのも、ジャン=ノエルでした。

ある晩、ジャン=ノエルの家で開かれた夕食会。

そこでアンリがゲリーに問いかけたのが、

「君にとって、
エッセンシャルオイルとは何か?」

という言葉でした。

ゲリーが自らの考えを率直に語ると、アンリもまた、エッセンシャルオイルを決して粗末に扱ってはならない、それほど大切なものとして向き合うべきだという強い思いを語りました。

しかし、それだけを告げると、アンリは突然席を立って帰ってしまいます。

うまく答えられなかったのだろうか…

そう思ったゲリーに、アンリを見送ったジャン=ノエルが伝えたのは、思いがけない言葉でした。

「明日の朝6時に山へ来るように、
とアンリが言っているよ」

こうして翌朝から、二人の師弟関係が始まりました。

蒸留所を訪れたゲリー、アンリ・ヴィオー、ジャン=ノエル一家
ゲリー、アンリ・ヴィオー、ジャン=ノエル一家によるプロヴァンスの蒸留所訪問(フランス、1991年)
オイルを確かめるゲリー、アンリ・ヴィオー、ジャン=ノエル
ゲリーとジャン=ノエルは、オイルや蒸留方法についてアンリ・ヴィオーと様々な意見を交わしました。
CHAPTER 06

Learning from Nature

山へ入り、
自分の手で確かめる

山あいに建つアンリ・ヴィオーの石造りの家
山あいの高原に建つ、築600年のアンリ・ヴィオー氏の石造りの家。ここでゲリーは、フランスで「蒸留の父」と呼ばれるヴィオー氏のもとで蒸留の技を学び、直接指導を受けました。

アンリのもとで待っていたのは、教科書を読むだけでは決してわからない、現場での学びでした。

ゲリーはアンリと山へ入り、野生のラベンダーやタイム、ローズマリーを自ら収穫。

植物を山の上にある蒸留所へ運び、2基の1,500リットルの蒸留釜を使って蒸留しました。

植物が育っている場所へ、自分の足で行く。

自分の手で植物に触れ、収穫する。

そして、自ら蒸留する。

ゲリーは何度もアメリカとフランスを往復しながら、アンリのそばでその経験を重ねていきました。

CHAPTER 071992

Beyond the Oil

オイルを見る。
その向こうにある「土地」を見る

1992年、フランスのファームツアー参加者とゲリー
1992年8月、ゲリーは足首を骨折していたにもかかわらず、フランスでファームツアーを実施。本場のラベンダー畑と蒸留所を、どうしても会員の皆さんに見てもらいたかったのです。

蒸留を深く学んでいく中で、ゲリーの目はさらにその先へ向かっていきます。

大切なのは、蒸留方法だけではない。

植物が、どこで、どのように育ったのか。

土地が変われば、土壌が変わる。

標高が変われば、気温や日照、風など、植物を取り巻く環境も変わります。

だからこそゲリーは、完成したオイルだけではなく、種を選び、土地を見極め、植物を育て、収穫し、蒸留するところまで、自ら確かめることを大切にしました。

  1. 01種を選び
  2. 02土地を
    見極め
  3. 03植物を
    育て
  4. 04収穫し
  5. 05蒸留する

フランスでの経験を通して培われたこの姿勢は、現在のヤング・リビングのSeed to Seal(シード・トゥ・シール/種の選定から製品化まで)へと受け継がれています。

その原点のひとつにあったのが、フランスのラベンダーでした。

CHAPTER 08

A Living Legacy

もし、あのとき・・・

もし、あのときカリフォルニアの展示会で、ゲリーとジャン=ノエルが出会っていなかったら。

もし、ジャン=ノエルがゲリーに「ぜひフランスへ遊びにおいで」と声をかけていなかったら。

ゲリーがフランスのラベンダー生産者たちと出会い、マルセルやアンリから学ぶ機会も、生まれていなかったかもしれません。

そして、ゲリーが何度もフランスへ足を運び、自ら植物に触れ、収穫し、蒸留するという挑戦を続けていなかったら―。

今、私たちの手元に届いている一滴も、また違ったものになっていたのかもしれません。

一人の探究心から始まった挑戦と、そこから生まれた人とのつながり。

その積み重ねが、時を越えて、今のヤング・リビングのオイルづくりへと受け継がれています。

そして、ゲリーをフランスのラベンダーの世界へと導いたジャン=ノエルの息子、ニコラス・ランデルもまた、現在プロヴァンスの地でその歩みを受け継ぐ一人です。

約40年前に始まったゲリーとランデル家の物語は、今も続いています。

CHAPTER 09TODAY

From Provence to You

あのプロヴァンスから、今へ

現在へとつながる、シミアン ラ ロトンドの蒸留所
シミアン ラ ロトンドの蒸留所。

ゲリーが何度も足を運び、植物と向き合い、蒸留を学んだ南フランス・プロヴァンス。

その地では今も、ラベンダーが育まれ、受け継がれてきた知識と技術が息づいています。

そして2026年11月。

現在、この地でエッセンシャルオイルづくりに携わるニコラス・ランデルが日本を訪れます。

今回、プロヴァンスの山々から日本へ届けられるのが、標高1,200m、1,400m、1,600m、1,800m、それぞれの地で育ったワイルドラベンダーから生まれたALTITUDE COLLECTIONです。

同じ Lavandula angustifolia でありながら、育った環境はそれぞれ異なります。気温や日照、風、土壌、水分、生育期間など、植物を取り巻く環境の違いが、それぞれの香りの表情にも映し出されています。

かつてゲリーがフランスの山々を歩き、「植物がどこで、どのように育ったのか」を自ら確かめようとしたように。

今度は4つの標高から届く香りを通して、その土地に思いを巡らせてみませんか。

一滴の向こうにある、植物と土地、そしてそこに関わる人々へ。

1,200m1,400m1,600m1,800m
NOVEMBER 2026

The Story Continues

この物語の続きを、
ニコラスとともに。

ニコラス・ランデル ALTITUDEツアー

  • ニコラス・ランデル ALTITUDEツアー 東京チケット 表面
  • ニコラス・ランデル ALTITUDEツアー 大阪<夜の部>チケット 表面

※大阪会場のチケット<昼の部>は完売いたしました。

スペシャルセミナーでは、ヤング・リビングの製品づくりへのこだわりとともに、日本のために作られたALTITUDE COLLECTIONについて、ニコラス自身がその魅力をお話しします。

2026-10-23T11:15:48+09:0010/21/2026|新着情報・キャンペーン|受け継がれるラベンダーの物語|ゲリー・ヤングとプロヴァンス はコメントを受け付けていません

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