はじまり
ヤング・リヴィング・エッセンシャルオイルの創始者であり、また社長でもある D.ゲリー・ヤングはアメリカ合衆国のワシントン州、スポーケンに4分の1エーカーの農場を購入し、1989年に現在のヤング・リヴィング・エッセンシャルオイル社の基となる事業を開始しました。この小さな一画の土地で、彼はラベンダーと他のいくつかのハーブを栽培しました。そして最初の抽出されたエッセンシャルオイルがボトルに注がれたのです。それから、ヤング・リヴィングは3大陸に4つの自社農場を持ち、400以上の製品を作り、100ヵ国以上に顧客をもつまでに成長したのです。
1989
-
D.ゲリー・ヤングはワシントン州のスポーケンの一画に4分の1エーカーの土地を購入し、最初に農場を作りました。 そこで、彼はセージ、クラリセージ、ラベンダー、ベルガモット、タラゴン、カモミール・ジャーマンを育てました。 その季節の終わりの頃には、ゲリーは最初の水蒸気蒸留装置を造りました。それは2つの圧力器を銅のパイプを溶接してつなぎ合わせたものでした。これによって、ヤング・リヴィングの最初のエッセンシャルオイルが得られたのです。
-
そのオイルをテストしてみると、高品質であることが明らかになりました。適切な植物と正しい蒸留技術が必要だというゲリーの確信からヤング・リヴィングのエッセンシャルオイルを作り出すことが出来たのです。
1992年、ゲリーはアメリカ合衆国のアイダホ州の北部に土地を購入しました。そのセントマリーズ農場は広大で、農薬で汚染されていない環境に育った植物は純度の高いものでした。
-
セントマリーズで最初の蒸留機が造られ、ゲリー・ヤングの低温・低圧の蒸留方式が導入されました。純度の高い真のヤング・リヴィングのエッセンシャルオイルの生産量はその水蒸気蒸留装置と共に飛躍的に増加し、その後も年々生産量を増やしました。
1995
-
ゲリーは、ユタ州のモナに138エーカー(約55ヘクタール)の農地を購入しました。非常に多くの天然の湧水があり、土壌は豊かに肥えていました。ゲリーは後に1,400エーカー以上の農場を追加で購入しました。
1996
-
モナ農場では、はじめにペパーミント、クラリセージ、タイム、バジル、メリッサ、カモミール・ジャーマン、カモミール・ローマン、スペアミント、ラベンダーを育てました。 その農場は今日においても拡大し続け、何万もの“始まり”が毎年増殖しています。ゲリーは蒸留器を増やし続け、1999年には事業が12台の蒸留装置が稼働するまでになったのです。
2000
-
ヤング・リヴィングはフランスの南に位置するスィミアンの美しい渓谷にラベンダー農場を購入しました。これによってヤング・リヴィングは北アメリカを拠点とする、エッセンシャルオイルを抽出するハーブを育てる農場の中では最大の事業者となったのです。
2005から現在
-
ゲリーはエクアドルのグアヤキルの山々にフィンカ・ボタニカ・アロマティカ農場をつくりました。2000エーカー以上の広大な土地、その肥えた土壌と年間の季節を通してフィンカ・ボタニカ・アロマティカ農場で育てることは、ゲリーにとって研究や新種のハーブを発見するには完ぺきな場所なのです。
-
ゲリーと彼の家族、そして50人のエクアドル人が、フィンカ・ボタニカ・アロマティカ農場でパロサント、レモングラス、ルーやその他様々な植物を育てて、蒸留を行っています。
-
ゲリーと彼の妻であるメリー、そして息子のジェイコブとジョゼフは2005年にグアヤキルに移住しました。それ以来、フィンカ・ボタニカ・アロマティカ農場は拡大を続け、人気の高いオコテアやコパイバを含む、ゲリー自らがジャングルから発見した新種の植物を蒸留しています。
将来の計画
ヤング・リヴィングはUS、ユタ州のモナの農場にあるビジターズセンターを拡大する計画を立てています。博物館のような体験ができるようにデザインされた新しいビジターセンターには美しい景観の壁画があり、また来客者は舗装された農場や蒸留場を通る歩道を楽しめることでしょう。ニンシアレッド・シャーべット(2~3人分)
材料:ニンシアレッド(200ml)
プレーンヨーグルト(200g)
ブルーアガーベ(大さじ1)